―――side B―――


声は
ただ遠く。



   ◇◇◇

「実に不満そうな顔をしているな」
「いいえ、別に」
「やはり私がいない方が仕事がはかどるかね」
「はかどらないように仕事をしてるんですか?」
「いや、別に」

あれから幾日が過ぎたのか。雪一面の世界を後にし再び中央へ。
かといって何が変わる訳でもない。仕事をし、デートをし、程々に錬金術を研究し、ハボックをからかいブラックハヤテ号に餌付けを試みる。
平穏にただ日々は流れて我々は我々の世界を生きる。
だから今日もこうして書類を片付ける。
正午の鐘が鳴った。
仕事もキリがいい所までいったので昼食を取ろう。
「昼休憩にする。外でとってくる」
「どうぞ、ごゆっくり」


と、言ったものの。
目当ての店は今日に限って臨時休業。他に食べたいものもなく司令部の食堂には行きたくない。
ふと思い立ち、たまに行く評判のパン屋でサンドウィッチを買う。
司令部に戻り中庭に向かう。すでに恒例となったハヤテ号餌付け作戦。もうここまで来れば習慣化しているものの、絶対に懐かないと証明されたも同然。……あれか、未だに初対面の時の言葉を忘れてないとか
……まさか。
中庭の木々が建ち並ぶそこが指定席。日陰で涼しく芝生の柔らかい新芽が丁度良い絨毯になっている。
木陰にハヤテ号が寝そべっていた。私の足音を聞いてか、ピクッと耳と瞼が動く。
たがいの距離は3m。
勝負。


気がつけばラスト一つ。
手の中には具のないサンドウィッチ。
肝心の中身はハヤテ号の目の前に空しく転がっている。
本日も負け…か。
「食わないなら土に帰してやれ」
私の言葉にハヤテ号は欠伸をした。“やった本人がやれ”と言っているように見えた。まぁ、いつも私がいなくなった後にそれが無くなっているからもしかしたら片付けているかもしれない。ハヤテ号は司令部にいる時はホークアイ中尉かフュリーからの餌しか食べないのだ。
躾が行き届いているのはいいが面白みにかける。
具のないサンドウィッチを囓りながら空を見上げる。
あの慌ただしくも楽しいと感じた喧騒。
過去は思い出に、未来を行かねばならぬのに。
思い出しては立ち止まる。

木漏れ日が揺れる中、風に混じり音が聞こえた。
ハヤテ号が顔を上げる。
前方より来るは
「……あら」
紙袋を手にしたハヤテ号の飼主ことホークアイ中尉。
「昼休憩は外出なさると…」
「気が変わった」
私の言葉に、そうですか、と中尉は答えハヤテ号の頭を撫でている。ハヤテ号も嬉しそうに甘えている。
中尉は紙袋からハヤテ号の餌を取り出し与えている。
そして私の方をじっと見た。
「なんだ?」
「また、ハヤテ号に餌をやろうとしましたね」
そう言って地面に落ちているハムを指差す。
「サンドウィッチの具がたまたま落ちただけだ」
「人の食べるハムは味が濃いから犬にはダメなんです」
中尉は私の隣りに腰を下ろす。ハヤテ号が隣りにやって来て、その距離2m。
紙袋からランチボックスを取り出し蓋を開けると綺麗にカットされたサンドウィッチ。
「作ったのか?」
「はい」
「君でも料理をするんだな」
「どういう意味ですか」
話を聞けば友人に誘われて新しく出来たパン屋に行ったら来店1000人目との事でパンを大量にプレゼントされ、しばらくは昼食持参らしい。
「旨そうだな」
「食べますか?」
差し出されたハムサンド。欲を言えばそっちのサーモンの方がいいなんて口が裂けても言えない。
「頂こう」
手渡されたハムサンドを一口。マスタードが利き過ぎているがこれはこれで…。
「少しマスタードが少なかったでしょうか?」
私は慌てて首を振る。
「このくらいでいいんじゃないか?」
彼女は物足りなさげにパンを囓る。
私がハムサンドを食べ終わる頃、ランチボックスを差し出された。
「多めに作ってしまったようなので、よろしければ処理を手伝って頂けますか?」
処理という言い方に引っ掛かりを覚えるも胃にゆとりがかなりあったのでご相伴にあずかる。

雲が流れる。
喧騒の日々にはそんな日常さえ見落として当たり前の事を疎かにしていた。

風が凪ぐ。
音もなく過ぎ去る日々にはそんな日常さえないものと諦めを口にした。

声は
ただ遠く。
叫んでも届かない。かつて触れた手が、もう今ではその温度さえ思い出せぬほどに。
それでも日々は続き、隣りには変わらぬ存在がいてくれる。消えるものだけではないと、確かに暖かいまま存在してくれる。

遠く、鳥が空を舞う。
目の前を湯気が通り過ぎた。
「どうぞ」
差し出されたお茶を受け取り呟いた。
「こういうのも悪くない」
「何がですか?」
「いや、…パンの処理に困っているなら協力するよ」
「当面は書類の処理にご協力願います」
苦笑を浮かべお茶を口にする。

「ぐっ…ゴホっ……これ、何?」
余りの味に思わずむせた。
「千振茶です。友人に勧められまして。健胃になるそうです」
中尉も一口。大丈夫かと見ていると
「薄めに煎れて正解でした」
と、事もあろうに平然と飲み干した。
ランチボックスと水筒を片付け中尉は立ち上がる。
「休憩終了まであと10分ですからね」
解っている、と片手を上げて返事をした。

遠ざかる背中を見送って再び視線を戻すと
「……」
ハヤテ号と目が合った。
その距離1m。
何とも不満げな。
飼主をとられるとでも思っているのだろうか。そんな危惧など必要あるまいに。
中尉の護衛にはお前以外に考えられないよ。
ただ、
前衛は私だ。
それだけは認めてもらおう。
昼休憩終了まであと5分。
私は慌ててその場を後にする。

踊る木漏れ日。
目覚めは遠く
微かな寝息を立てながら
彼の護衛は夢を見る。
自分の主人と誰かが並んで歩いている姿。
主人の幸せを願うも釈然としない。顔はわからないもののその背格好がよく知った人物にそっくりなのだ。

だからその日まで好敵手と認めよう。
だからその日まで許しはしない。
主人を悲しませる様な事をする事を。
もう二度といなくならない様に見張り続けよう。
主人の笑顔の為に。





皓露からメッセージが届いております

『 side A があるなら B もあるだろうと思った貴方。
 正解です。
 Aがエドウィンだから Bはロイアイだと思った貴方。
 正解です。
 Aがウィンリィ視点だから Bはリザ視点だと思った貴方。
 残念だったな。そうは問屋が卸さないぜ。
 てかsideもなにもないけどな。

 にしても大佐隠居宣言ぎみΣヽ( ̄□ ̄)
 ロイアイというよりブラハとの絡みが多い大佐。あれ?
 エド側が巧くいくと大佐側が(以下略) 』

ロイアイって、こんなにも素敵な関係だったのですね・・・!
リザ姉さん最高です!密かに、パン屋で来店1000人目との事で
パンを大量にプレゼントされた時のリザ姉さんの図が見たいです
皓露、感動をありがとうございました!!